だいすけ》 これは僕よりも二三歳の年長者なれども、如何《いか》にも小面《こづら》の憎い人物なり。幸《さいはひ》にも僕と同業ならず。若し僕と同業ならん乎《か》、僕はこの人の模倣《もはう》ばかりするか、或はこの人を殺したくなるべし。本職は美術学校出の画家なれども、なほ僕の苦手《にがて》たるを失はず。只僕は捉《とら》へ次第、北原君の蔵家庭《ざうかてい》を盗《ぬす》み得るに反し、北原君は僕より盗むものなければ、畢竟《ひつきやう》得《とく》をするは僕なるが如し。これだけは聊《いささ》か快とするに足る。なほ又|次手《ついで》につけ加へれば、北原君は底抜けの酒客《しゆかく》なれども、座さへ酔《ゑ》うて崩《くづ》したるを見ず。纔《わづか》に平生の北原君よりも手軽に正体を露《あらは》すだけなり。かかる時の北原君の眼はその俊爽《しゆんさう》の色あること、画中の人も及ばざるが如し。北原君の作品は後代恐らくは論ずるものあらん。然れども眼は必ずしも論ずるものありと言ふべからず、即ち北原君の小面憎《こづらにく》さを説いて酔眼《すゐがん》に至る所以《ゆゑん》なり。
[#地から1字上げ](大正十四年二月)



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