なり。先生の鋳金家《ちうきんか》にして、根岸《ねぎし》派の歌よみたることは断《ことわ》る必要もあらざるべし。僕は先生と隣り住みたる為、形の美しさを学びたり。勿論学んで悉《つく》したりとは言はず。且《かつ》又先生に学ぶ所はまだ沢山《たくさん》あるやうなれば、何ごとも僕に盗《ぬす》めるだけは盗み置かん心がまへなり。その為にも「お隣の先生」の御寿命《ごじゆみやう》のいや長《なが》に長からんことを祈り奉る。香取先生にも何かと御厄介になること多し。時には叔父《をぢ》を一人《ひとり》持ちたる気になり、甘つたれることもなきにあらず。
小杉未醒《こすぎみせい》 これも勿論年長者なり。本職の油画や南画以外にも詩を作り、句を作り、歌を作る。呆《あき》れはてたる器用人と言ふべし。和漢の武芸に興味を持つたり、テニスや野球をやつたりする所は豪傑肌《がうけつはだ》のやうなれども、荒木又右衛門《あらきまたゑもん》や何かのやうに精悍《せいかん》一点張りの野蛮人にはあらず。僕などは何か災難《さいなん》に出合ひ、誰かに同情して貰ひたき時には、まづ未醒老人に綿々と愚痴《ぐち》を述べるつもりなり。尤《もつと》も実際述べたこ
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