《きゅうしゃ》の上を照らしていたことを覚えている。
四
僕は今年の三月の半ばにまだ懐炉を入れたまま、久しぶりに妻と墓参りをした。久しぶりに、――しかし小さい墓は勿論《もちろん》、墓の上に枝を伸ばした一株の赤松も変らなかった。
「点鬼簿」に加えた三人は皆この谷中《やなか》の墓地の隅に、――しかも同じ石塔の下に彼等の骨を埋《うず》めている。僕はこの墓の下へ静かに僕の母の柩《ひつぎ》が下された時のことを思い出した。これは又「初ちゃん」も同じだったであろう。唯僕の父だけは、――僕は僕の父の骨が白じらと細かに砕けた中に金歯の交っていたのを覚えている。………
僕は墓参りを好んではいない。若《も》し忘れていられるとすれば、僕の両親や姉のことも忘れていたいと思っている。が、特にその日だけは肉体的に弱っていたせいか、春先の午後の日の光の中に黒ずんだ石塔を眺めながら、一体彼等三人の中では誰が幸福だったろうと考えたりした。
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かげろふや塚より外に住むばかり
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僕は実際この時ほど、こう云う丈艸《じょうそう》の心もちが押し迫って来るのを感じたことはな
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