点鬼簿
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)櫛巻《くしま》き

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)一人|坐《すわ》りながら

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「目+匡」、第3水準1−88−81]《まぶた》が
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   一

 僕の母は狂人だった。僕は一度も僕の母に母らしい親しみを感じたことはない。僕の母は髪を櫛巻《くしま》きにし、いつも芝の実家にたった一人|坐《すわ》りながら、長煙管《ながぎせる》ですぱすぱ煙草《たばこ》を吸っている。顔も小さければ体も小さい。その又顔はどう云う訳か、少しも生気のない灰色をしている。僕はいつか西廂記《せいそうき》を読み、土口気泥臭味の語に出合った時に忽《たちま》ち僕の母の顔を、――痩《や》せ細った横顔を思い出した。
 こう云う僕は僕の母に全然面倒を見て貰ったことはない。何でも一度僕の養母とわざわざ二階へ挨拶《あいさつ》に行ったら、いきなり頭を長煙管で打たれたことを覚えている。しかし大体
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