れるより、どのくらい屈辱に価するかわかりません。しかも世間は、一歩を進めて、私の妻の貞操《ていそう》をさえ疑いつつあるのでございます。――
 私は感情の激昂《げっこう》に駆られて、思わず筆を岐路《きろ》に入れたようでございます。
 さて、私はその夜以来、一種の不安に襲われはじめました。それは前に掲げました実例通り、ドッペルゲンゲルの出現は、屡々《しばしば》当事者の死を予告するからでございます。しかし、その不安の中《なか》にも、一月ばかりの日数《にっすう》は、何事もなく過ぎてしまいました。そうして、その中《うち》に年が改まりました。私は勿論、あの第二の私を忘れた訳ではございません。が、月日の経つのに従って、私の恐怖なり不安なりは、次第に柔らげられて参りました。いや、時には、実際、すべてを幻覚《ハルシネエション》と言う名で片づけてしまおうとした事さえございます。
 すると、恰《あたか》も私のその油断を戒めでもするように、第二の私は、再び私の前に現れました。
 これは一月の十七日、丁度木曜日の正午近くの事でございます。その日私は学校に居りますと、突然旧友の一人が訪ねて参りましたので、幸い午後
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