ビュウル》のように、茫然として妻に近づきました。が、妻には、第二の私が眼に映じなかったのでございましょう。私が側へ参りますと、妻はいつもの調子で、「長かったわね」と申しました。それから、私の顔を見て、今度はおずおず「どうかして」と尋ねました。私の顔色《がんしょく》は確かに、灰のようになっていたのに相違ございません。私は冷汗《ひやあせ》を拭いながら、私の見た超自然な現象を、妻に打明けようかどうかと迷いました。が、心配そうな妻の顔を見ては、どうして、これが打明けられましょう。私はその時、この上妻に心配させないために、一切《いっさい》第二の私に関しては、口を噤《つぐ》もうと決心したのでございます。
閣下、もし妻が私を愛していなかったなら、そうしてまた私が妻を愛していなかったなら、どうして私にこう云う決心が出来ましょう。私は断言致します。私たちは、今日《こんにち》まで真底《しんそこ》から、互に愛し合って居りました。しかし世間はそれを認めてくれません。閣下、世間は妻が私を愛している事を認めてくれません。それは恐しい事でございます。恥ずべき事でございます。私としては、私が妻を愛している事を否定されるより、どのくらい屈辱に価するかわかりません。しかも世間は、一歩を進めて、私の妻の貞操《ていそう》をさえ疑いつつあるのでございます。――
私は感情の激昂《げっこう》に駆られて、思わず筆を岐路《きろ》に入れたようでございます。
さて、私はその夜以来、一種の不安に襲われはじめました。それは前に掲げました実例通り、ドッペルゲンゲルの出現は、屡々《しばしば》当事者の死を予告するからでございます。しかし、その不安の中《なか》にも、一月ばかりの日数《にっすう》は、何事もなく過ぎてしまいました。そうして、その中《うち》に年が改まりました。私は勿論、あの第二の私を忘れた訳ではございません。が、月日の経つのに従って、私の恐怖なり不安なりは、次第に柔らげられて参りました。いや、時には、実際、すべてを幻覚《ハルシネエション》と言う名で片づけてしまおうとした事さえございます。
すると、恰《あたか》も私のその油断を戒めでもするように、第二の私は、再び私の前に現れました。
これは一月の十七日、丁度木曜日の正午近くの事でございます。その日私は学校に居りますと、突然旧友の一人が訪ねて参りましたので、幸い午後
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