二つの手紙
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)予《よ》は下《しも》に

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)郵税|先払《さきばら》いで

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#「木+解」、第3水準1−86−22]
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 ある機会で、予《よ》は下《しも》に掲げる二つの手紙を手に入れた。一つは本年二月中旬、もう一つは三月上旬、――警察署長の許へ、郵税|先払《さきばら》いで送られたものである。それをここへ掲げる理由は、手紙自身が説明するであろう。

     第一の手紙

 ――警察署長|閣下《かっか》、
 先ず何よりも先に、閣下は私《わたくし》の正気《しょうき》だと云う事を御信じ下さい。これ私があらゆる神聖なものに誓って、保証致します。ですから、どうか私の精神に異常がないと云う事を、御信じ下さい。さもないと、私がこの手紙を閣下に差上げる事が、全く無意味になる惧《おそれ》があるのでございます。そのくらいなら、私は何を苦しんで、こんな長い手紙を書きましょう。
 閣下、私はこれを書く前に、ずいぶん躊躇《ちゅうちょ》致しました。何故《なにゆえ》かと申しますと、これを書く以上、私は私一家の秘密をも、閣下の前に暴露しなければならないからでございます。勿論それは、私の名誉にとって、かなり大きな損害に相違ございません。しかし事情はこれを書かなければ、もう一刻の存在も苦痛なほど、切迫して参りました。ここで私は、ついに断乎たる処置を執る事に、致したのでございます。
 そう云う必要に迫られて、これを書いた私が、どうして、狂人扱いをされて、黙って居られましょう。私はもう一度、ここに改めてお願い致します。閣下、どうか私の正気だと云う事を御信用下さい。そうして、この手紙を御面倒ながら、御一読下さい。これは私が、私と私の妻との名誉を賭《と》して、書いたものでございますから。
 かような事を、くどく書きつづけるのは、繁忙な職務を御鞅掌《ごおうしょう》になる閣下にとって、余りに御迷惑を顧みない仕方かも知れません。しかし、私の下《しも》に申上げようとする事実の性質上、閣下が私の正気だと云う事を御信用になるのは、どうしても必要でございます。さも
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