南瓜
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)南瓜《かぼちや》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)又|乙《おつ》で
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#「行《ゆ》かないんだから」は底本では「行《ゆか》かないんだから」]
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何しろ南瓜《かぼちや》が人を殺す世の中なんだから、驚くよ。どう見たつて、あいつがそんな大《だい》それた真似をしようなんぞとは思はれないぢやないか。なにほんものの南瓜《かぼちや》か? 冗談《じようだん》云つちやいけない。南瓜は綽号《あだな》だよ。南瓜の市兵衛《いちべゑ》と云つてね。吉原《よしはら》ぢや下つぱの――と云ふよりや、まるで数《かず》にはいつてゐない太鼓持《たいこもち》なんだ。
そんな事を聞く位ぢや、君はあいつを見た事がないんだらう。そりや惜しい事をしたね。もう今ぢや赤い着物を着てゐるだらうから、見たいつたつて、ちよいとは見られるもんぢやない。頭でつかちの一寸法師《いつすんぼふし》見たいなやつでね、夫《それ》がフロツクに緋天鳶絨《ひびろうど》のチヨツキと云ふ拵《こしら》へなんだから、ふるつてゐたよ。おまけにその鉢《はち》の開《ひら》いた頭へちよんと髷《まげ》をのつけてゐるんだ。それも粋な由兵衛奴《よしべゑやつこ》か何かでね。だから君、始めて遇《あ》つたお客は誰でもまあ毒気《どくき》をぬかれる。すると南瓜のやつは、扇子で一つその鉢の開いた頭をぽんとやつて、「どうでげす。新技巧派の太鼓持《たいこもち》もたまには又|乙《おつ》でげせう」つて云ふんだ。悪い洒落《しやれ》さね。
洒落と云へば、南瓜《かぼちや》にや何一つ芸らしい芸がない。唯お客をつかまへて、洒落放題《しやれはうだい》洒落る丈《だけ》なんだ。それが又「にはかに洒落られません」つて程にも行《ゆ》かないんだから[#「行《ゆ》かないんだから」は底本では「行《ゆか》かないんだから」]、心細いやね。尤《もつと》もそこはお客もお客で曲《まが》りなりにも洒落のめせば、それでもう多曖《たわい》なく笑つてゐる。云はば洒落のわかつたのが、うれしくつてたまらないと云ふ連中ばかりなんだ。
あいつも始《はじめ》はそれが、味噌気《みそけ》だつたんだらう。僕が知つてからも、随分《ずゐぶん》いい気になつて、擽《くすぐ》つたもんさ。所がいくら南瓜《かぼちや》だつて、さう始終|洒落《しやれ》てばかりゐる訳にや行《ゆ》きやしない。たまには改まつて、真面目《まじめ》な事も云ふ時がある。が、お客の方ぢや南瓜は何時《いつ》でも洒落るもんだと思つてゐるから、いくらあいつが真面目《まじめ》な事を云つたつて、やつぱり腹を抱へて笑つてゐる。そこがこの頃になつて見ると、だんだんあいつの気になり出したんだ。あれで君、見かけよりや存外《ぞんぐわい》神経質な男だからね。いくらフロツクに緋天鳶絨《ひびろうど》のチヨツキを着て由兵衛奴《よしべゑやつこ》の頭を扇子《せんす》で叩いてゐたつて、云ふ事まで何時《いつ》でも冗談《じようだん》だとは限りやしない。真面目な事を云ふ時は、やつぱり真面目な事を云つてゐるんだ、事によるとお客よりや、もつと真面目な事を云つてたかも知れない――とまあ、僕は思ふんだがね。だからあいつに云はせりや「笑ふ手前が可笑《をか》しいぞ」位な気は、とうの昔からあつたんだ。今度のあいつの一件だつて、つまりはその不平が高《かう》じたやうなもんぢやないか。
そりや新聞に出てゐた通り、南瓜《かぼちや》が薄雲太夫《うすぐもだいふ》と云ふ華魁《おいらん》に惚《ほ》れてゐた事はほんたうだらう。さうしてあの奈良茂《ならも》と云ふ成金《なりきん》が、その又|太夫《たいふ》に惚れてゐたのにも違ひない。が、なんぼあいつだつてそんな鞘当筋《さやあてすぢ》だけぢや人殺しにも及ぶまいぢやないか。それよりあいつが口惜《くや》しがつたのは、誰もあいつが薄雲太夫に惚れてゐると云ふ事を、真《ま》にうける人間がゐなかつた事だ。成金のお客は勿論、当の薄雲太夫にした所で、そんな事は夢にもないと思つてゐる。尤《もつと》もさう思つたのも可愛《かはい》さうだが無理ぢやない。向うは仲《なか》の町《ちやう》でも指折りの華魁《おいらん》だし、こつちは片輪も同様な、ちんちくりんの南瓜だからね。かうならない前に聞いて見給へ。僕にしたつて嘘だと思ふ。それがあいつにやつらかつたんだ。別して惚れた相手の薄雲太夫が真にうけないのを苦に病《や》んだらしい――だからこその人殺しさ。
何でもその晩もあいつは酔つぱらつて薄雲太夫《うすぐもだいふ》の側へ寄つちや、夫婦になつてくれとか何《なん》とか云つたんださうだ。太夫《たいふ》の方《はう》ぢや何時《いつ》もの冗談《じようだ
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