道祖問答
芥川龍之介

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)天王寺《てんのうじ》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)念仏読経|四威儀《しいぎ》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地から1字上げ](大正五年十二月十三日)
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 天王寺《てんのうじ》の別当《べっとう》、道命阿闍梨《どうみょうあざり》は、ひとりそっと床をぬけ出すと、経机《きょうづくえ》の前へにじりよって、その上に乗っている法華経《ほけきょう》八の巻《まき》を灯《あかり》の下に繰りひろげた。
 切り燈台の火は、花のような丁字《ちょうじ》をむすびながら、明《あかる》く螺鈿《らでん》の経机を照らしている。耳にはいるのは几帳《きちょう》の向うに横になっている和泉式部《いずみしきぶ》の寝息であろう。春の夜の曹司《ぞうし》はただしんかんと更け渡って、そのほかには鼠《ねずみ》の啼く声さえも聞えない。
 阿闍梨《あざり》は、白地の錦の縁《ふち》をとった円座《わらふだ》の上に座をしめながら、式部の眼のさめるのを憚《はばか》るように、中音《ちゅうおん》で静かに法華経
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