を誦《ず》しはじめた。
 これが、この男の日頃からの習慣である。身は、傅《ふ》の大納言《だいなごん》藤原道綱《ふじわらみちつな》の子と生れて、天台座主慈恵《てんだいざすじえ》大僧正の弟子《でし》となったが、三業《さんごう》も修《しゅう》せず、五戒《ごかい》も持した事はない。いや寧《むし》ろ「天《あめ》が下《した》のいろごのみ」と云う、Dandy の階級に属するような、生活さえもつづけている。が、不思議にも、そう云う生活のあい間には、必ずひとり法華経を読誦《どくじゅ》する。しかも阿闍梨自身は、少しもそれを矛盾《むじゅん》だと思っていないらしい。
 現に今日《きょう》、和泉式部を訪れたのも、験者《げんざ》として来たのでは、勿論ない。ただこの好女《こうじょ》の数の多い情人の一人として春宵《しゅんしょう》のつれづれを慰めるために忍んで来た。――それが、まだ一番鶏《いちばんどり》も鳴かないのに、こっそり床をぬけ出して、酒臭い唇《くちびる》に、一切衆生《いっさいしゅじょう》皆成仏道《かいじょうぶつどう》の妙経を読誦しようとするのである。……
 阿闍梨は褊袗《へんさん》の襟を正して、専念に経を読んだ
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