県下第一の旅館の玄関、芍薬《しやくやく》と松とを生《い》けた花瓶、伊藤博文《いとうひろぶみ》の大字《だいじ》の額《がく》、それからお前たちつがひの剥製《はくせい》……

     狐

 ふて寝だな。この襟巻め。

     鴛鴦《をしどり》

 胡粉《ごふん》の雪の積つた柳、銀泥《ぎんでい》の黒く焼けた水、その上に浮んでゐる極彩色《ごくさいしき》のお前たち夫婦、――お前たちの画工は伊藤若冲《いとうぢやくちう》だ。

     鹿

 この見事な刀掛《かたなかけ》には、葵《あふひ》の御紋散《ごもんぢ》らしの大小でも恭《うやうや》しく掛けて置くが好《い》い。

     波斯猫《ペルシヤねこ》

 日の光、茉莉花《まつりくわ》の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《にほひ》、黄色い絹のキモノ、Fleurs du Mal, それからお前の手ざはり。……

     鸚鵡《あうむ》

 鹿鳴館《ろくめいくわん》には今日《けふ》も舞踏がある。提灯《ちやうちん》の光、白菊《しらぎく》の花、お前はロテイと一しよに踊つた、美しい「みやうごにち」令嬢だ。

     日本犬

 造り物の柳に灯《ひ》入りの月が出る。お前は唯遠くで啼いてゐれば好《い》い。


     南京鼠《ナンキンねづみ》

 上着《うはぎ》は白天鵞絨《しろびろうど》、眼は柘榴石《ざくろいし》、それから手袋は桃色|繻子《じゆす》。――お前たちは皆|可愛《かはい》らしい、支那美人にそつくりだ。後宮《こうきゆう》の佳麗《かれい》三千人と云ふと、おれは何時《いつ》もお前たちが、重なり合つた楼閣の中に、巣を食つた所を想像する。そら、西施《せいし》が芋《いも》の皮を噛《か》じつてゐると、楊貴妃《やうきひ》は一生懸命に車をまはしてゐるぢやないか。

     猩々《しやうじやう》

 あの猩々《しやうじやう》の鼻の上には、金縁《きんぶち》の Pince−nez がかかつてゐる。あれが君に見えるかい? もし見えなければ、今日《けふ》限り、詩を作る事はやめにし給へ。

     鷺《さぎ》

 祥瑞《しよんずゐ》の江村《かうそん》は暮れかかつた。藍色《あゐいろ》の柳、藍色の橋、藍色の茅屋《ばうをく》、藍色の水、藍色の漁人《ぎよじん》、藍色の芦荻《ろてき》。――すべてが稍《やや》黒ずんだ藍色の底に沈んだ時、忽ち白
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