婦人だ。お眼が少し赤く爛《ただ》れていらつしやる。鼈甲《べつかふ》の柄《え》のついた眼鏡《めがね》を持つて、一々見物人を御覧になれば好《い》い。
大蝙蝠《おほかうもり》
お前の翼は仁木弾正《につきだんじやう》の鬢《びん》だ。面明《つらあか》りの蝋燭位《らふそくくらゐ》は、一煽《ひかあふ》りにも消し兼ねない。さうしたら、鼻の尖つた、眼張りの強い、脣《くちびる》をへの字に曲げてゐる顔が、うす暗い雲母摺《きららずり》を後《うしろ》にして、愈《いよいよ》気味悪く浮き上るだらう。落款《らくくわん》は東洲斎写楽《とうしうさいしやらく》……
カンガルウ
腹の袋の中には子供が一匹はひつてゐる。あれを出してしまつても、まだ英吉利《イギリス》の国旗か何かが、手品《てじな》のやうに出て来はしないか。
鸚哥《いんこ》
お前は古い唐画《たうぐわ》の桃の枝に、ぢつと止つてゐるが好《い》い。うつかり羽搏《はばた》きでもしようものなら、体の絵の具が剥《は》げてしまふから。
猿
猿よ。お前は一体泣いてゐるのか、それとも亦《また》笑つてゐるのか。お前の顔は悲劇の面《めん》のやうで、同時に又喜劇の面のやうだ。おれの記憶は縁日《えんにち》の猿芝居へおれを連れて行《ゆ》く。桜の釣板《つりいた》、張子《はりこ》の鐘、それからアセチレン瓦斯《ガス》の神経質な光。お前は金紙《きんがみ》の烏帽子《ゑぼし》をかぶつて、緋鹿子《ひがのこ》の振袖をひきずりながら、恐るべく皮肉な白拍子《しらびやうし》花子の役を勤めてゐる。おれの胸に始めて疑団《ぎだん》が萠《きざ》したのは、正にその白拍子たるお前の顔へ、偶然の一瞥《いちべつ》を投げた時だ。お前は一体泣いてゐるのか、それとも亦笑つてゐるのか。猿よ。人間よりもより人間的な猿よ。おれはお前程巧妙なトラジツク・コメデイアンを見た事はない。――おれが心の中でかう呟《つぶや》くと、猿は突然身を躍《をど》らせて、おれの前の金網《かなあみ》にぶら下りながら、癇高《かんだか》い声で問ひ返した。「ではお前は? え、お前のそのしかめ面《つら》は?」
山椒魚《さんせううを》
おれがね、お前は一体何物だと、頭に向つて尋ねたら、私《わたし》は山椒魚《さんせううを》ですよと、尻尾《しつぽ》がおれに返事をしたぜ。
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