いを続けていたから、桃太郎は彼等を家来にした後も、一通り骨の折れることではなかった。
その上猿は腹が張ると、たちまち不服を唱《とな》え出した。どうも黍団子の半分くらいでは、鬼が島征伐の伴をするのも考え物だといい出したのである。すると犬は吠《ほ》えたけりながら、いきなり猿を噛《か》み殺そうとした。もし雉がとめなかったとすれば、猿は蟹《かに》の仇打《あだう》ちを待たず、この時もう死んでいたかも知れない。しかし雉は犬をなだめながら猿に主従の道徳を教え、桃太郎の命に従えと云った。それでも猿は路ばたの木の上に犬の襲撃を避けた後だったから、容易に雉の言葉を聞き入れなかった。その猿をとうとう得心《とくしん》させたのは確かに桃太郎の手腕である。桃太郎は猿を見上げたまま、日の丸の扇《おうぎ》を使い使いわざと冷かにいい放した。
「よしよし、では伴をするな。その代り鬼が島を征伐しても宝物《たからもの》は一つも分けてやらないぞ。」
欲の深い猿は円《まる》い眼《め》をした。
「宝物? へええ、鬼が島には宝物があるのですか?」
「あるどころではない。何でも好きなものの振り出せる打出《うちで》の小槌《こづち》という宝物さえある。」
「ではその打出の小槌から、幾つもまた打出の小槌を振り出せば、一度に何でも手にはいる訣《わけ》ですね。それは耳よりな話です。どうかわたしもつれて行って下さい。」
桃太郎はもう一度彼等を伴に、鬼が島征伐の途《みち》を急いだ。
三
鬼が島は絶海の孤島だった。が、世間の思っているように岩山ばかりだった訣《わけ》ではない。実は椰子《やし》の聳《そび》えたり、極楽鳥《ごくらくちょう》の囀《さえず》ったりする、美しい天然《てんねん》の楽土《らくど》だった。こういう楽土に生《せい》を享《う》けた鬼は勿論平和を愛していた。いや、鬼というものは元来我々人間よりも享楽《きょうらく》的に出来上った種族らしい。瘤《こぶ》取りの話に出て来る鬼は一晩中踊りを踊っている。一寸法師《いっすんぼうし》[#ルビの「いっすんぼうし」は底本では「いっすんぽうし」]の話に出てくる鬼も一身の危険を顧みず、物詣《ものもう》での姫君に見とれていたらしい。なるほど大江山《おおえやま》の酒顛童子《しゅてんどうじ》や羅生門《らしょうもん》の茨木童子《いばらぎどうじ》は稀代《きだい》の悪人のように思われている。しかし茨木童子などは我々の銀座を愛するように朱雀大路《すざくおおじ》を愛する余り、時々そっと羅生門へ姿を露《あら》わしたのではないであろうか? 酒顛童子も大江山の岩屋《いわや》に酒ばかり飲んでいたのは確かである。その女人《にょにん》を奪って行ったというのは――真偽《しんぎ》はしばらく問わないにもしろ、女人自身のいう所に過ぎない。女人自身のいう所をことごとく真実と認めるのは、――わたしはこの二十年来、こういう疑問を抱いている。あの頼光《らいこう》や四天王《してんのう》はいずれも多少気違いじみた女性|崇拝家《すうはいか》ではなかったであろうか?
鬼は熱帯的風景の中《うち》に琴《こと》を弾《ひ》いたり踊りを踊ったり、古代の詩人の詩を歌ったり、頗《すこぶ》る安穏《あんのん》に暮らしていた。そのまた鬼の妻や娘も機《はた》を織ったり、酒を醸《かも》したり、蘭《らん》の花束を拵《こしら》えたり、我々人間の妻や娘と少しも変らずに暮らしていた。殊にもう髪の白い、牙《きば》の脱《ぬ》けた鬼の母はいつも孫の守《も》りをしながら、我々人間の恐ろしさを話して聞かせなどしていたものである。――
「お前たちも悪戯《いたずら》をすると、人間の島へやってしまうよ。人間の島へやられた鬼はあの昔の酒顛童子のように、きっと殺されてしまうのだからね。え、人間というものかい? 人間というものは角《つの》の生《は》えない、生白《なまじろ》い顔や手足をした、何ともいわれず気味の悪いものだよ。おまけにまた人間の女と来た日には、その生白い顔や手足へ一面に鉛《なまり》の粉《こ》をなすっているのだよ。それだけならばまだ好《い》いのだがね。男でも女でも同じように、※[#「言+虚」、第4水準2−88−74]《うそ》はいうし、欲は深いし、焼餅《やきもち》は焼くし、己惚《うぬぼれ》は強いし、仲間同志殺し合うし、火はつけるし、泥棒《どろぼう》はするし、手のつけようのない毛だものなのだよ……」
四
桃太郎はこういう罪のない鬼に建国以来の恐ろしさを与えた。鬼は金棒《かなぼう》を忘れたなり、「人間が来たぞ」と叫びながら、亭々《ていてい》と聳《そび》えた椰子《やし》の間を右往左往《うおうざおう》に逃げ惑《まど》った。
「進め! 進め! 鬼という鬼は見つけ次第、一匹も残らず殺してしまえ!」
桃太郎は桃
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