とは思はれない。のみならず更に不思議な事には、おれが立つて見てゐる間《あひだ》に、何処《どこ》からか飛んで来た鴉《からす》が二三羽、さつと大きな輪を描《ゑが》くと、黙然《もくねん》と箒を使つてゐる二人の肩や頭の上へ、先を争つて舞ひ下《さが》つた。が、二人は依然として、砂上に秋を撒《ま》き散らした篠懸の落葉を掃いてゐる。
 おれは徐《おもむろ》に踵《くびす》を返して、火の消えた葉巻を啣《くは》へながら、寂しい篠懸の間の路を元来た方《はう》へ歩き出した。
 が、おれの心の中には、今までの疲労と倦怠との代りに、何時《いつ》か静な悦びがしつとりと薄明《うすあかる》く溢《あふ》れてゐた。あの二人が死んだと思つたのは、憐むべきおれの迷ひたるに過ぎない。寒山拾得《かんざんじつとく》は生きてゐる。永劫《えいごふ》の流転《るてん》を閲《けみ》しながらも、今日猶この公園の篠懸の落葉を掻いてゐる。あの二人が生きてゐる限り、懐しい古《こ》東洋の秋の夢は、まだ全く東京の町から消え去つてゐないのに違ひない。売文生活に疲れたおれをよみ返らせてくれる秋の夢は。
 おれは籐《とう》の杖を小脇にした儘、気軽く口笛を吹き鳴
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