に誰も歩いてゐない。路をさし挾《はさ》んだ篠懸《すずかけ》も、ひつそりと黄色い葉を垂らしてゐる。仄《ほの》かに霧の懸つてゐる行《ゆ》く手の樹々《きヾ》の間《あひだ》からは、唯、噴水のしぶく音が、百年の昔も変らないやうに、小止《をや》みないさざめきを送つて来る。その上|今日《けふ》はどう云ふ訳か、公園の外の町の音も、まるで風の落ちた海の如く、蕭条《せうでう》とした木立《こだち》の向うに静まり返つてしまつたらしい。――と思ふと鋭い鶴の声が、しめやかな噴水の響を圧して、遠い林の奥の池から、一二度高く空へ挙つた。
おれは散歩を続けながらも、云ひやうのない疲労と倦怠とが、重たくおれの心の上にのしかかつてゐるのを感じてゐた。寸刻も休みない売文《ばいぶん》生活! おれはこの儘たつた一人《ひとり》、悩ましいおれの創作力の空《そら》に、空《むな》しく黄昏《たそがれ》の近づくのを待つてゐなければならないのであらうか。
さう云ふ内にこの公園にも、次第に黄昏《たそがれ》が近づいて来た。おれの行《ゆ》く路の右左には、苔《こけ》の※[#「均−土へん」、第3水準1−14−75]《にほひ》や落葉の※[#「均−土へ
前へ
次へ
全5ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング