ょう》なことは云わぬ。いかにもおぬしの云う通り、おぬしの父親《てておや》は己の手にかけた。この腰抜けでも打つと云うなら、立派《りっぱ》に己は打たれてやる。」
 伝吉は短い沈黙の間《あいだ》にいろいろの感情の群《むら》がるのを感じた。嫌悪《けんお》、憐憫《れんびん》、侮蔑《ぶべつ》、恐怖、――そう云う感情の高低《こうてい》は徒《いたずら》に彼の太刀先《たちさき》を鈍《にぶ》らせる役に立つばかりだった。伝吉は浄観を睨《にら》んだぎり、打とうか打つまいかと逡巡《しゅんじゅん》していた。
「さあ、打て。」
 浄観はほとんど傲然《ごうぜん》と斜《ななめ》に伝吉へ肩を示した。その拍子《ひょうし》にふと伝吉は酒臭い浄観の息を感じた。と同時に昔の怒のむらむらと心に燃え上るのを感じた。それは父を見殺しにした彼自身に対する怒だった。理が非でも仇《あだ》を打たなければ消えることを知らない怒だった。伝吉は武者震《むしゃぶる》いをするが早いか、いきなり浄観を袈裟《けさ》がけに斬った。……
 伝吉の見事に仇を打った話はたちまち一郷《いちごう》の評判になった。公儀《こうぎ》も勿論この孝子には格別の咎《とが》めを加え
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