い御袴の緋の色が、地にもつかず御廊下を歩むなどと云ふ取沙汰を致すものもございました。――それも無理ではございません。晝でさへ寂しいこの御所は、一度日が暮れたとなりますと、遣り水の音が一際陰に響いて、星明りに飛ぶ五位鷺も、怪形《けぎやう》の物かと思ふ程、氣味が惡いのでございますから。
丁度その夜はやはり月のない、まつ暗な晩でございましたが、大殿油《おほとのあぶら》の灯影で眺めますと、縁に近く座を御占めになつた大殿樣は、淺黄の直衣《なほし》に濃い紫の浮紋の指貫《さしぬき》を御召しになつて、白地の錦の縁をとつた圓座《わらふた》に、高々とあぐらを組んでいらつしやいました。その前後左右に御側の者どもが五六人、恭しく居並んで居りましたのは、別に取り立てて申し上げるまでもございますまい。が、中に一人、眼だつて事ありげに見えたのは、先年[#「先年」は底本では「先生」]|陸奧《みちのく》の戰ひに餓ゑて人の肉を食つて以來、鹿の生角《いきづの》さへ裂くやうになつたと云ふ強力の侍が、下に腹卷を着こんだ容子で、太刀を鴎尻《かもめじり》に佩《は》き反《そ》らせながら、御縁の下に嚴《いかめ》しくつくばつてゐた事で
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