ばたの死骸さへ寫したと云ふ、傲慢なあの男が屏風の畫が思ふやうに描けない位の事で、子供らしく泣き出すなどと申すのは隨分異なものでございませんか。
所が一方良秀がこのやうに、まるで正氣の人間とは思はれない程夢中になつて、屏風の繪を描いて居ります中に、又一方ではあの娘が、何故かだん/\氣鬱になつて、私どもにさへ涙を堪へてゐる容子が、眼に立つて參りました。[#「。」は底本では「、」]それが元來|愁顏《うれひがほ》の、色の白い、つゝましやかな女だけに、かうなると何だか睫毛《まつげ》が重くなつて、眼のまはりに隈がかゝつたやうな、餘計寂しい氣が致すのでございます。初はやれ父思ひのせゐだの、やれ戀煩ひをしてゐるからだの、いろ/\臆測を致したものでございますが、中頃から、なにあれは大殿樣が御意に從はせようとしていらつしやるのだと云ふ評判が立ち始めて、夫からは誰も忘れた樣に、ぱつたりとあの娘の噂をしなくなつて了ひました。
丁度その頃の事でございませう[#「ませう」は底本では「まませう」]。或夜、更《かう》が闌《た》けてから、私が獨り御廊下を通りかゝりますと、あの猿の良秀がいきなりどこからか飛んで參りま
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