は二三日前に鞍馬の獵師がわしにくれた耳木兎《みゝづく》[#底本は「みゝづく」に「耳木兎」と「木兎」の双方をあてている。以下、これに関しては底本どおり記載する。]と云ふ鳥だ。唯、こんなに馴れてゐるのは、澤山あるまい。」
かう云ひながらあの男は、徐に手をあげて、丁度餌を食べてしまつた耳木兎《みゝづく》の背中の毛を、そつと下から撫で上げました。するとその途端でございます。鳥は急に鋭い聲で、短く一聲啼いたと思ふと、忽ち机の上から飛び上つて、兩脚の爪を張りながら、いきなり弟子の顏へとびかゝりました。もしその時、弟子が袖をかざして、慌てゝ顏を隱さなかつたなら、きつともう疵の一つや二つは負はされて居りましたらう。あつと云ひながら、その袖を振つて、逐ひ拂はうとする所を、耳木兎は蓋にかかつて、嘴を鳴らしながら、又一突き――弟子は師匠の前も忘れて、立つては防ぎ、坐つては逐ひ、思はず狹い部屋の中を、あちらこちらと逃げ惑ひました。怪鳥《けてう》も元よりそれにつれて、高く低く翔りながら、隙さへあれば驀地《まつしぐら》に眼を目がけて飛んで來ます。その度にばさ/\と、凄じく翼を鳴すのが、落葉の匂だか、瀧の水|沫《
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