繪を仕上げた代りに、命さへも捨てるやうな、無慘な目に出遇ひました。云はゞこの繪の地獄は、本朝第一の繪師良秀が、自分で何時か墮ちて行く地獄だつたのでございます。……
私はあの珍しい地獄變の屏風の事を申上げますのを急いだあまりに、或は御話の順序を顛倒致したかも知れません。が、これから又引き續いて、大殿樣から地獄繪を描けと申す仰せを受けた良秀の事に移りませう。
七
良秀はそれから五六箇月の間、まるで御邸へも伺はないで、屏風の繪にばかりかゝつて居りました。あれ程の子煩惱がいざ繪を描くと云ふ段になりますと、娘の顏を見る氣もなくなると申すのではございますから、不思議なものではございませんか。先刻申し上げました弟子の話では、何でもあの男は仕事にとりかゝりますと、まるで狐でも憑《つ》いたやうになるらしうございます。いや實際當時の風評に、良秀が畫道で名を成したのは、福徳の大神《おほかみ》に祈誓をかけたからで、その證據にはあの男が繪を描いてゐる所を、そつと物陰《ものかげ》から覗いて見ると必ず陰々として靈狐の姿が、一匹ならず前後左右に、群つてゐるのが見えるなどと申す者もございました。そ
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