ません。
が、その中でも殊に一つ目立つて凄じく見えるのは、まるで獸《けもの》の牙のやうな刀樹の頂きを半ばかすめて(その刀樹の梢にも、多くの亡者が※[#「壘」の「土」に代えて「糸」、第3水準1−90−24]々と、五體を貫《つらぬ》かれて居りましたが)中空《なかぞら》から落ちて來る一輛の牛車でございませう。地獄の風に吹き上げられた、その車の簾《すだれ》の中には、女御、更衣にもまがふばかり、綺羅びやかに裝つた女房が、丈の黒髮を炎の中になびかせて、白い頸《うなじ》を反《そ》らせながら、悶え苦しんで居りますが、その女房の姿と申し、又燃えしきつてゐる牛車と申し、何一つとして炎熱地獄の責苦を偲ばせないものはございません。云はゞ廣い畫面の恐ろしさが、この一人の人物に輳《あつま》つてゐるとでも申しませうか。これを見るものゝ耳の底には、自然と物凄い叫喚の聲が傳はつて來るかと疑ふ程、入神の出來映えでございました。
あゝ、これでございます、これを描く爲めに、あの恐ろしい出來事が起つたのでございます。又さもなければ如何に良秀でも、どうしてかやうに生々《いき/\》と奈落の苦艱が畫かれませう。あの男はこの屏風の
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