分惡くなつて來た時でございます。どう思召したか、大殿樣は突然良秀を御召になつて、地獄變の屏風を描くやうにと、御云ひつけなさいました。
六
地獄變の屏風と申しますと、私はもうあの恐ろしい畫面の景色が、ありありと眼の前へ浮んで來るやうな氣が致します。
同じ地獄變と申しましても、良秀の描きましたのは、外の繪師のに比べますと、第一圖取りから似て居りません。それは一帖の屏風の片隅へ、小さく十王を始め眷屬たちの姿を描いて、あとは一面に紅蓮大紅蓮《ぐれんだいぐれん》の猛火が、劍山刀樹も爛れるかと思ふ程渦を卷いて居りました。でございますから、唐《から》めいた冥官《めうくわん》たちの衣裳が、點々と黄や藍を綴つて居ります外は、どこを見ても烈々とした火焔の色で、その中をまるで卍のやうに、墨を飛ばした黒煙と金粉を煽つた火の粉とが、舞ひ狂つて居るのでございます。
こればかりでも、隨分人の目を驚かす筆勢でございますが、その上に又、業火《ごふくわ》に燒《や》かれて、轉々と苦しんで居ります罪人も、殆ど一人として通例の地獄繪にあるものはございません。何故《なぜ》かと申しますと良秀は、この多くの罪
前へ
次へ
全60ページ中17ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング