都度にだんだんと冷やかになつていらしつたやうでございます。すると又、それにつけても、娘の方は父親の身が案じられるせゐでせうでゞも[#「案じられるせゐでゞも」の誤り?]ございますか、曹司へ下つてゐる時などは、よく袿の袖を噛んで、しく/\泣いて居りました。そこで大殿樣が良秀の娘に懸想なすつたなどと申す噂が、愈々|擴《ひろ》がるやうになつたのでございませう。中には地獄變の屏風の由來も、實は娘が大殿樣の御意に從はなかつたからだなどと申すものも居りますが、元よりさやうな事がある筈はございません。
 私どもの眼から見ますと、大殿樣が良秀の娘を御下げにならなかつたのは、全く娘の身の上を哀れに思召したからで、あのやうに頑《かたくな》な親の側へやるよりは御邸に置いて、何の不自由なく暮させてやらうと云ふ難有い御考へだつたやうでございます。それは元より氣立ての優しいあの娘を、御贔屓になつたのには間違ひございません。が、色を御好みになつたと申しますのは、恐らく牽強附會の説でございませう。いや、跡方もない嘘と申した方が、宜しい位でございます。――
 それは兎も角もと致しまして、かやうに娘の事から良秀の御覺えが大
前へ 次へ
全60ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
芥川 竜之介 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング