う見て置け。」
 大殿様は三度口を御噤《おつぐ》みになりましたが、何を御思ひになつたのか、今度は唯肩を揺つて、声も立てずに御笑ひなさりながら、
「末代までもない観物ぢや。予もここで見物しよう。それ/\、簾《みす》を揚げて、良秀に中の女を見せて遣さぬか。」
 仰《おほせ》を聞くと仕丁の一人は、片手に松明《まつ》の火を高くかざしながら、つか/\と車に近づくと、矢庭に片手をさし伸ばして、簾をさらりと揚げて見せました。けたゝましく音を立てて燃える松明の光は、一しきり赤くゆらぎながら、忽ち狭い※[#「車+非」、第4水準2−89−66]《はこ》の中を鮮かに照し出しましたが、※[#「車+因」、第4水準2−89−62]《とこ》の上に惨《むごた》らしく、鎖にかけられた女房は――あゝ、誰か見違へを致しませう。きらびやかな繍《ぬひ》のある桜の唐衣《からぎぬ》にすべらかし黒髪が艶やかに垂れて、うちかたむいた黄金の釵子《さいし》も美しく輝いて見えましたが、身なりこそ違へ、小造りな体つきは、色の白い頸《うなじ》のあたりは、さうしてあの寂しい位つゝましやかな横顔は、良秀の娘に相違ございません。私は危く叫び声を立てよ
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