。」と打捨るやうに仰有いました。
十五
「私は屏風の唯中に、檳榔毛《びらうげ》の車が一輛空から落ちて来る所を描かうと思つて居りまする。」良秀はかう云つて、始めて鋭く大殿様の御顔を眺めました。あの男は画の事と云ふと、気違ひ同様になるとは聞いて居りましたが、その時の眼のくばりには確にさやうな恐ろしさがあつたやうでございます。
「その車の中には、一人のあでやかな上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]が、猛火の中に黒髪を乱しながら、悶え苦しんでゐるのでございまする。顔は煙に烟《むせ》びながら、眉を顰《ひそ》めて、空ざまに車蓋《やかた》を仰いで居りませう。手は下簾《したすだれ》を引きちぎつて、降りかゝる火の粉の雨を防がうとしてゐるかも知れませぬ。さうしてそのまはりには、怪しげな鷙鳥が十羽となく、二十羽となく、嘴《くちばし》を鳴らして紛々と飛び繞《めぐ》つてゐるのでございまする。――あゝ、それが、その牛車の中の上※[#「藹」の「言」に代えて「月」、第3水準1−91−26]が、どうしても私には描けませぬ。」
「さうして――どうぢや。」
大殿様はどう云ふ訳か
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