。所が、良秀は、何時になく寂しさうな顔をして、
「就いては、己が午睡をしてゐる間中、枕もとに坐つてゐて貰ひたいのだが。」と、遠慮がましく頼むではございませんか。弟子は何時になく、師匠が夢なぞを気にするのは、不思議だと思ひましたが、それも別に造作のない事でございますから、
「よろしうございます。」と申しますと、師匠はまだ心配さうに、
「では直に奥へ来てくれ。尤も後で外の弟子が来ても、己の睡つてゐる所へは入れないやうに。」と、ためらひながら云ひつけました。奥と申しますのは、あの男が画を描きます部屋で、その日も夜のやうに戸を立て切つた中に、ぼんやりと灯をともしながら、まだ焼筆《やきふで》で図取りだけしか出来てゐない屏風が、ぐるりと立て廻してあつたさうでございます。さてこゝへ参りますと、良秀は肘を枕にして、まるで疲れ切つた人間のやうに、すや/\、睡入つてしまひましたが、ものゝ半時とたちません中に、枕もとに居ります弟子の耳には、何とも彼とも申しやうのない、気味の悪い声がはいり始めました。

       八

 それが始めは唯、声でございましたが、暫くしますと、次第に切れ/″\な語《ことば》にな
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