例の急な石段を登って、山の上へ出てみると、ほとんど意外だったくらい、あの大理石の墓がくだらなく見えた。どうも貧弱で、いやに小さくまとまっていて、その上またはなはだ軽佻浮薄《けいちょうふはく》な趣がある。これじゃ頼もしくないと思って、雑木《ぞうき》の涼しい影が落ちている下へ、くたびれた尻《しり》をすえたまま、ややしばらく見ていたが、やはりくだらないという心もちは取消しようがない。第一、そばに立っている日本風のお堂との対照ばかりでも、悲惨なこっけいの感じが先にたってしまう。その上荒れはてた周囲の風物が、四方からこの墓の威厳を害している。一山《いっさん》の蝉《せみ》の声の中に埋《うも》れながら、自分は昔、春雨にぬれているこの墓を見て、感に堪えたということがなんだかうそのような心もちがした。と同時にまた、なんだか地下の樗牛に対してきのどくなような心もちがした。不二山《ふじさん》と、大蘇鉄《だいそてつ》と、そうしてこの大理石の墓と――自分は十年ぶりで「わが袖の記」を読んだのとは、全く反対な索漠《さくばく》さを感じて、匆々《そうそう》竜華寺の門をあとにした。爾来《じらい》今日《こんにち》に至っても
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