理は、第一に、林右衛門の頑健な体を憎んだ。それから、本家《ほんけ》の附人《つけびと》として、彼が陰《いん》に持っている権柄《けんぺい》を憎んだ。最後に、彼の「家」を中心とする忠義を憎んだ。「主《しゅう》を主《しゅう》とも思わぬ奴じゃ。」――こう云う修理の語の中《うち》には、これらの憎しみが、燻《くすぶ》りながら燃える火のように、暗い焔を蔵していたのである。
そこへ、突然、思いがけない非謀《ひぼう》が、内室《ないしつ》の口によって伝えられた。林右衛門は修理を押込め隠居にして、板倉佐渡守の子息を養子に迎えようとする。それが、偶然、内室の耳へ洩《も》れた。――これを聞いた修理が、眦《まなじり》を裂いて憤ったのは無理もない。
成程、林右衛門は、板倉家を大事に思うかも知れない。が、忠義と云うものは現在|仕《つか》えている主人を蔑《ないがしろ》にしてまでも、「家」のためを計るべきものであろうか。しかも、林右衛門の「家」を憂《うれ》えるのは、杞憂《きゆう》と云えば杞憂である。彼はその杞憂のために、自分を押込め隠居にしようとした。あるいはその物々しい忠義|呼《よば》わりの後に、あわよくば、家を横領
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