名家に、万一汚辱を蒙らせるような事があったならば、どうしよう。臣子の分として、九原《きゅうげん》の下《もと》、板倉家|累代《るいだい》の父祖に見《まみ》ゆべき顔《かんばせ》は、どこにもない。
こう思った林右衛門は、私《ひそか》に一族の中《うち》を物色した。すると幸い、当時若年寄を勤めている板倉|佐渡守《さどのかみ》には、部屋住《へやずみ》の子息が三人ある。その子息の一人を跡目《あとめ》にして、養子願さえすれば、公辺《こうへん》の首尾は、どうにでもなろう。もっともこれは、事件の性質上修理や修理の内室には、密々で行わなければならない。彼は、ここまで思案をめぐらした時に、始めて、明るみへ出たような心もちがした。そうして、それと同時に今までに覚えなかったある悲しみが、おのずからその心もちを曇らせようとするのが、感じられた。「皆御家のためじゃ。」――そう云う彼の決心の中には、彼自身|朧《おぼろ》げにしか意識しない、何ものかを弁護しようとするある努力が、月の暈《かさ》のようにそれとなく、つきまとっていたからである。
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病弱な修
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