じゅう》若年寄衆へこの急変を届けた上で、万一のために、玄関先から大手まで、厳しく門々を打たせてしまった。これを見た大手先《おおてさき》の大小名の家来《けらい》は、驚破《すわ》、殿中に椿事《ちんじ》があったと云うので、立ち騒ぐ事が一通りでない。何度目付衆が出て、制しても、すぐまた、海嘯《つなみ》のように、押し返して来る。そこへ、殿中の混雑もまた、益々甚しくなり出した。これは御目付土屋長太郎が、御徒目付《おかちめつけ》、火の番などを召し連れて、番所番所から勝手まで、根気よく刃傷《にんじょう》の相手を探して歩いたが、どうしても、その「上下《かみしも》を着た男」を見つける事が出来なかったからである。
 すると、意外にも、相手は、これらの人々の眼にはかからないで、かえって宝井宗賀《たからいそうが》と云う御坊主《ごぼうず》のために、発見された。――宗賀は大胆な男で、これより先、一同のさがさないような場所場所を、独りでしらべて歩いていた。それがふと焚火《たきび》の間《ま》の近くの厠《かわや》の中を見ると、鬢《びん》の毛をかき乱した男が一人、影のように蹲《うずくま》っている。うす暗いので、はっきりわか
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