を抱きあげて見ると、顔も体も血まみれで誰とも更に見分ける事が出来ない。が、耳へ口をつけて呼ぶと、漸く微《かすか》な声で、「細川越中」と答えた。続いて、「相手はどなたでござる」と尋ねたが、「上下《かみしも》を着た男」と云う答えがあっただけで、その後は、もうこちらの声も通じないらしい。創《きず》は「首構《くびがまえ》七寸程、左肩《ひだりかた》六七寸ばかり、右肩五寸ばかり、左右手四五ヶ所、鼻上耳脇また頭《かしら》に疵《きず》二三ヶ所、背中右の脇腹まで筋違《すじかい》に一尺五寸ばかり」である。そこで、当番御目付土屋長太郎、橋本|阿波守《あわのかみ》は勿論、大目付|河野豊前守《こうのぶぜんのかみ》も立ち合って、一まず手負いを、焚火《たきび》の間《ま》へ舁《かつ》ぎこんだ。そうしてそのまわりを小屏風《こびょうぶ》で囲んで、五人の御坊主を附き添わせた上に、大広間詰の諸大名が、代る代る来て介抱《かいほう》した。中でも松平|兵部少輔《ひょうぶしょうゆう》は、ここへ舁《かつ》ぎこむ途中から、最も親切に劬《いたわ》ったので、わき眼にも、情誼の篤《あつ》さが忍ばれたそうである。
その間に、一方では老中《ろう
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