眉間《みけん》へ閃《ひらめ》いた。そのために血が眼へはいって、越中守は、相手の顔も見定める事が出来ない。相手は、そこへつけこんで、たたみかけ、たたみかけ、幾太刀《いくたち》となく浴せかけた。そうして、越中守がよろめきながら、とうとう、四《し》の間《ま》の縁に仆《たお》れてしまうと、脇差《わきざし》をそこへ捨てたなり、慌ててどこか見えなくなってしまった。
 ところが、伴をしていた黒木閑斎が、不意の大変に狼狽《ろうばい》して、大広間の方へ逃げて行ったなり、これもどこかへ隠れてしまったので、誰もこの刃傷《にんじょう》を知るものがない。それを、暫くしてから、漸《ようや》く本間|定五郎《さだごろう》と云う小拾人《こじゅうにん》が、御番所《ごばんしょ》から下部屋《しもべや》へ来る途中で発見した。そこで、すぐに御徒目付《おかちめつけ》へ知らせる。御徒目付からは、御徒組頭|久下善兵衛《くげぜんべえ》、御徒目付土田|半右衛門《はんえもん》、菰田仁右衛門《こもだにえもん》、などが駈けつける。――殿中では忽ち、蜂《はち》の巣を破ったような騒動が出来《しゅったい》した。
 それから、一同集って、手負《てお》い
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