着物
芥川龍之介
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)結城《ゆふき》
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こんな夢を見た。
何でも料理屋か何からしい。広い座敷に一ぱいに大ぜい人が坐つてゐる。それが皆思ひ思ひに洋服や和服を着用してゐる。
着用してゐるばかりぢやない。互に他人の着物を眺めては、勝手な品評を試みてゐる。
「君のフロックは旧式だね。自然主義時代の遺物ぢやないか。」
「その結城《ゆふき》は傑作だよ。何とも云へない人間味がある。」
「何だい。君の御召しの羽織は、全然心の動きが見えないぢやないか。」
「あの紺サアヂの背広を見給へ。宛然たるペッティイ・ブルジョアだから。」
「おや、君が落語家のやうな帯をしめるのには驚いた。」
「やつぱり君が大島を着てゐると、山の手の坊ちやんと云ふ格だね。」
こんな事を盛に云ひ合つてゐる。
すると一番末席に、妙な痩せ男のゐるのが見えた。その男は古風な漆紋《うるしもん》のついた、如何《いかが》はしい黄びらを着用してゐる。この着物がどうもさつきから、散々槍玉に挙げられてゐるらしい。現に今も年の若い、髪を長くした先生が、
「君の着物は相不変遊んでゐる
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