ぢやないか」と喝破《かつぱ》した。
その先生はどう云ふ気か、ドミニク派の僧侶じみた白い法服を着用してゐる。何でもこんな着物はバルザックが、仕事をする時に着てゐたやうだ。尤《もつと》も着手はバルザック程、背も幅もないものだから、裾が大分余つてゐる。
が、痩せ男は苦笑したぎり、やはり黙然と坐つてゐる。
「君は始終同じ着物を着てゐるから話せないよ。」
これは銘仙だか大島だか判然しない着物を着た、やはり年少の豪傑が抛《はふ》りつけた評語である。が、豪傑自身の着物も、余程長い間着てゐると見えて、襟垢《えりあか》がべつとり食附いてゐる。
それでも黄びらを着た男は、何とも言葉を返さずにゐる。どうもその容子を見ると、よくよく意久地のない代物らしい。
所が三度目には肩幅の広い、縞《しま》の粗い背広を着た男が、にやりにやり笑ひながら、半ば同情のある評語を下した。
「君は何故この前の着物を着ないのだい。それぢや又逆戻りをした訳ぢやないか。しかし黄びらも似合はなくはないよ。――諸君この男も一度は着換へをして出て来た事を思ひ出してやり給へ。さうして今後も着換へをするやうに、鞭撻《べんたつ》の労を執つて
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