くれ給へ。」
大ぜいの中には「ヒイア、ヒイア」と声援を与へた向きもある、「もつと手厳しくやれ、仲間褒めをしてはいかん」と怒号する向きもある。
痩せ男は頭を掻きながら、匆々《そうそう》この座敷を退却した。さうして風通しの悪るさうな、場末の二階家へ帰つて来た。
家の中は虫干のやうに階上にも階下にも、いろいろな着物が吊り下げてある。何か蛇の鱗《うろこ》のやうに光る物があると思つたら、それは戦争の時に使ふ鎖帷子《くさりかたびら》や鎧だつた。
痩せ男はこの着物の中に、傲慢《がうまん》不遜《ふそん》なあぐらを掻くと、恬然《てんぜん》と煙草をふかし始めた。
その時何か云つたやうに思ふが、生憎《あいにく》眼のさめた今は覚えてゐない。祈角夢の話を書きながら、その一句を忘れてしまつた事は、返す返すも遺憾である。
底本:「芥川龍之介全集 第九巻」岩波書店
1996(平成8)年7月8日発行
入力:もりみつじゅんじ
校正:松永正敏
2002年5月17日作成
青空文庫作成ファイル:
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