程ゐやすけれど、あの位《くれえ》な大泥坊は、つひぞ聞か無えぢやごぜえませんか。」
「聞か無えだつて、好いぢや無えか。国に盗賊、家に鼠だ。大泥坊なんぞはゐ無え方が好い。」
「そりや居無え方が好い。居無え方が好いにや違えごぜえませんがね。」
 色の白い、小柄な男は、剳青《ほりもの》のある臂《ひぢ》を延べて、親分へ猪口《ちよく》を差しながら、
「あの時分の事を考へると、へへ、妙なもので盗つ人せえ、懐しくなつて来やすのさ。先刻御承知にや違え無えが、あの鼠小僧と云ふ野郎は、心意気が第一嬉しいや。ねえ、親分。」
「嘘は無え。盗つ人の尻押しにや、こりや博奕打《ばくちうち》が持つて来いだ。」
「へへ、こいつは一番おそれべか。」
 と云つて、ちよいと小弁慶の肩を落したが、こちらは忽ち又元気な声になつて、
「私《わつち》だつて何も盗つ人の肩を持つにや当ら無えけれど、あいつは懐の暖《あつたけ》え大名屋敷へ忍びこんぢや、御手許金と云ふやつを掻攫《かつさら》つて、その日に追はれる貧乏人へ恵んでやるのだと云ひやすぜ。成程《なるほど》善悪にや二つは無えが、どうせ盗みをするからにや、悪党|冥利《みやうり》にこの位《く
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