もめつきり変つたやうだ。」
「いや、変つたの、変ら無えの。岡場所なんぞの寂《さび》れ方と来ちや、まるで嘘のやうでごぜえますぜ。」
「かうなると、年よりの云ひぐさぢや無えが、やつぱり昔が恋しいの。」
「変ら無えのは私《わつち》ばかりさ。へへ、何時《いつ》になつてもひつてんだ。」
 小弁慶の浴衣《ゆかた》を着た男は、受けた盃をぐいとやると、その手ですぐに口の端の滴を払つて、自ら嘲《あざけ》るやうに眉を動かしたが、
「今から見りや、三年|前《めえ》は、まるでこの世の極楽さね。ねえ、親分、お前さんが江戸を御売んなすつた時分にや、盗《ぬす》つ人《と》にせえあの鼠小僧のやうな、石川五右衛門とは行かねえまでも、ちつとは睨《にら》みの利《き》いた野郎があつたものぢやごぜえませんか。」
「飛んだ事を云ふぜ。何処の国におれと盗つ人とを一つ扱ひにする奴があるものだ。」
 唐桟《たうざん》の半天をひつかけた男は、煙草の煙にむせながら、思はず又苦笑を洩らしたが、鉄火な相手はそんな事に頓着する気色《けしき》もなく、手酌でもう一杯ひつかけると、
「そいつがこの頃は御覧なせえ。けちな稼ぎをする奴は、箒《はうき》で掃く
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