色の白い男の方になると、こればかりは冷たさうな掛守《かけまも》りの銀鎖もちらつく程、思入れ小弁慶の胸をひろげてゐた。
 二人は女中まで遠ざけて、暫くは何やら密談に耽《ふけ》つてゐたが、やがてそれも一段落ついたと見えて、色の浅黒い、小肥りに肥つた男は、無造作に猪口《ちよく》を相手に返すと、膝の下の煙草入をとり上げながら、
「と云ふ訳での、おれもやつと三年ぶりに、又江戸へ帰つて来たのよ。」
「道理でちつと御帰りが、遅すぎると思つてゐやしたよ。だがまあ、かうして帰つて来ておくんなさりや、子分子方のものばかりぢや無《ね》え、江戸つ子一統が喜びやすぜ。」
「さう云つてくれるのは、手前《てめえ》だけよ。」
「へへ、仰有《おつしや》つたものだぜ。」
 色の白い、小柄な男は、わざと相手を睨《にら》めると、人が悪るさうににやりと笑つて、
「小花|姐《ねえ》さんにも聞いて御覧なせえまし。」
「そりや無《ね》え。」
 親分と呼ばれた男は、如心形《によしんがた》の煙管《きせる》を啣《くは》へた儘、僅に苦笑の色を漂はせたが、すぐに又|真面目《まじめ》な調子になつて、
「だがの、おれが三年見|無《ね》え間に、江戸
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