股にかけた、ちつとは面《つら》の売れてゐる胡麻の蠅だ。不面目にも程があらあ。うぬが土百姓の分在で、利いた風な御託《ごたく》を並べやがる。」
これにや皆驚いたのに違え無え。実は梯子を下りかけたおれも、あんまりあの野郎の権幕が御大《ごたい》さうなものだから、又中段に足を止めて、もう少し下の成行きを眺めてゐる気になつたのよ。まして人の好ささうな番頭なんぞは、算盤まで持ち出したのも忘れたやうに、呆れてあの野郎を見つめやがつた。が、気の強えのは馬子半天での、こいつだけはまだ髭を撫でながら、何処を風が吹くと云ふ面で、
「何が胡麻の蠅がえらかんべい。三年前の大夕立に雷獣《らいじう》様を手捕りにした、横山|宿《じゆく》の勘太とはおらが事だ。おらが身もんでえを一つすりや、うぬがやうな胡麻の蠅は、踏み殺されると云ふ事を知ん無えか。」
と嵩《かさ》にかかつて嚇《おど》したが、胡麻の蠅の奴はせせら笑つて、
「へん、こけが六十六部に立山《たてやま》の話でも聞きやしめえし、頭からおどかしを食つてたまるものかえ。これやい、眠む気ざましにや勿体無えが、おれの素性《すじやう》を洗つてやるから、耳の穴を掻つぽじつて聞
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