》て事《ごと》も無え事を云つたものだ。何でこんな間抜野郎に、鼠小僧の役が勤るべい。大方胡麻の蠅も気が強えと云つたら、面《つら》を見たばかりでも知れべいわさ。」
「違え無え。高々|鼬小僧《いたちこぞう》位な所だらう。」
 こりや火吹竹を得物《えもの》にした、宿の若え者が云つた事だ。
「ほんによ。さう云やこの野猿坊《やゑんばう》は、人の胴巻もまだ盗ま無え内に、うぬが褌《ふんどし》を先へ盗まれさうな面だ。」
「下手な道中稼ぎなんぞするよりや、棒つ切の先へ黏《とりもち》をつけの、子供と一しよに賽銭箱《さいせんばこ》のびた銭でもくすねてゐりや好い。」
「何、それよりや案山子《かかし》代りに、おらが後の粟畑へ、突つ立つてゐるが好かんべい。」
 かう皆がなぶり物にすると、あの越後屋重吉め、ちつとの間は口惜しさうに眼ばかりぱちつかせてゐやがつたが、やがて宿の若え者が、火吹竹を顋《あご》の下へやつて、ぐいと面を擡《もた》げさせると、急に巻き舌になりやがつて、
「やい、やい、やい、こいつらは飛んだ奴ぢやねえかえ。誰だと思つて囈言《たはごと》をつきやがる。かう見えても、この御兄《おあにい》さんはな、日本中を
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