きやがれ。」
 と声色《こわいろ》にしちや語呂の悪い、啖呵《たんか》を切り出した所は豪勢だがの、面《つら》を見りや寒いと見えて、水《みづ》つ洟《ぱな》が鼻の下に光つてゐる。おまけにおれのなぐつた所が、小鬢《こびん》の禿から顋へかけて、まるで面が歪《ゆが》んだやうに、脹《は》れ上つてゐようと云ふものだ。が、それでも田舎者《ゐなかもの》にや、あの野郎のぽんぽん云ふ事が、ちつとは効き目があつたのだらう。あいつが乙に反り身になつて、餓鬼の時から悪事を覚えた行き立てを饒舌《しやべ》つてゐる内にや、雷獣を手捕りにしたとか云ふ、髭のぢぢむせえ馬子半天も、追々あの胡麻の蠅を胴突《どつ》かなくなつて来たぢや無えか。それを見るとあの野郎め、愈《いよいよ》しやくんだ顋を振りの、三人の奴らをねめまはして、
「へん、このごつぽう人めら、手前《てめえ》たちを怖はがるやうな、よいよいだとでも思やがつたか。いんにやさ。唯の胡麻の蠅だと思ふと、相手が違ふぞ。手前たちも覚えてゐるだらうが、去年の秋の嵐の晩に、この宿《しゆく》の庄屋へ忍びこみの、有り金を残らず掻《か》つ攫《さら》つたのは、誰でも無えこのおれだ。」
「うぬが
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