色の白い男の方になると、こればかりは冷たさうな掛守《かけまも》りの銀鎖もちらつく程、思入れ小弁慶の胸をひろげてゐた。
二人は女中まで遠ざけて、暫くは何やら密談に耽《ふけ》つてゐたが、やがてそれも一段落ついたと見えて、色の浅黒い、小肥りに肥つた男は、無造作に猪口《ちよく》を相手に返すと、膝の下の煙草入をとり上げながら、
「と云ふ訳での、おれもやつと三年ぶりに、又江戸へ帰つて来たのよ。」
「道理でちつと御帰りが、遅すぎると思つてゐやしたよ。だがまあ、かうして帰つて来ておくんなさりや、子分子方のものばかりぢや無《ね》え、江戸つ子一統が喜びやすぜ。」
「さう云つてくれるのは、手前《てめえ》だけよ。」
「へへ、仰有《おつしや》つたものだぜ。」
色の白い、小柄な男は、わざと相手を睨《にら》めると、人が悪るさうににやりと笑つて、
「小花|姐《ねえ》さんにも聞いて御覧なせえまし。」
「そりや無《ね》え。」
親分と呼ばれた男は、如心形《によしんがた》の煙管《きせる》を啣《くは》へた儘、僅に苦笑の色を漂はせたが、すぐに又|真面目《まじめ》な調子になつて、
「だがの、おれが三年見|無《ね》え間に、江戸もめつきり変つたやうだ。」
「いや、変つたの、変ら無えの。岡場所なんぞの寂《さび》れ方と来ちや、まるで嘘のやうでごぜえますぜ。」
「かうなると、年よりの云ひぐさぢや無えが、やつぱり昔が恋しいの。」
「変ら無えのは私《わつち》ばかりさ。へへ、何時《いつ》になつてもひつてんだ。」
小弁慶の浴衣《ゆかた》を着た男は、受けた盃をぐいとやると、その手ですぐに口の端の滴を払つて、自ら嘲《あざけ》るやうに眉を動かしたが、
「今から見りや、三年|前《めえ》は、まるでこの世の極楽さね。ねえ、親分、お前さんが江戸を御売んなすつた時分にや、盗《ぬす》つ人《と》にせえあの鼠小僧のやうな、石川五右衛門とは行かねえまでも、ちつとは睨《にら》みの利《き》いた野郎があつたものぢやごぜえませんか。」
「飛んだ事を云ふぜ。何処の国におれと盗つ人とを一つ扱ひにする奴があるものだ。」
唐桟《たうざん》の半天をひつかけた男は、煙草の煙にむせながら、思はず又苦笑を洩らしたが、鉄火な相手はそんな事に頓着する気色《けしき》もなく、手酌でもう一杯ひつかけると、
「そいつがこの頃は御覧なせえ。けちな稼ぎをする奴は、箒《はうき》で掃く
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