《こ》めた脂粉《しふん》の気の中《なか》に、全く沈湎《ちんめん》しているようであった。ただその大騒ぎの最中《もなか》にも、あの猿のような老婆だけは、静に片隅に蹲《うずくま》って、十六人の女たちの、人目を憚《はばか》らない酔態に皮肉な流し目を送っていた。

        二十七

 夜《よ》は次第に更《ふ》けて行った。空《から》になった盤《さら》や瓶《ほたり》は、時々けたたましい音を立てて、床《ゆか》の上にころげ落ちた。床の上に敷いた毛皮も、絶えず机から滴《したた》る酒に、いつかぐっしょり濡《ぬ》らされていた。十六人の女たちは、ほとんど正体《しょうたい》もないらしかった。彼等の口から洩れるものは、ただ意味のない笑い声か、苦しそうな吐息《といき》の音ばかりであった。
 やがて老婆は立ち上って、明るい油火の燈台を一つ一つ消して行った。後には炉《ろ》に消えかかった、煤臭《すすくさ》い榾《ほた》の火だけが残った。そのかすかな火の光は、十六人の女に虐《さいな》まれている、小山のような彼の姿を朦朧《もうろう》といつまでも照していた。……
 翌日彼は眼をさますと、洞穴《ほらあな》の奥にしつらえた、絹
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