煙《みずけむり》と雨のしぶきとの中に、危く懸っている所へ出た。
桟橋を隔てた絶壁には、火食《かしょく》の煙が靡《なび》いている、大きな洞穴《ほらあな》が幾つか見えた。彼はためらわずに桟橋を渡って、その穴の一つを覗《のぞ》いて見た。穴の中には二人の女が、炉《ろ》の火を前に坐っていた。二人とも火の光を浴びて、描《えが》いたように赤く見えた。一人は猿のような老婆であったが、一人はまだ年も若いらしかった。それが彼の姿を見ると、同時に声を挙げながら、洞穴の奥へ逃げこもうとした。が、彼は彼等のほかに男手のないのを見るが早いか、猛然と穴の中へ突き進んだ。そうしてまず造作《ぞうさ》もなく、老婆をそこへ※[#「てへん+丑」、第4水準2−12−93]《ね》じ伏せてしまった。
若い女は壁に懸けた刀子《とうす》へ手をかけるや否や、素早く彼の胸を刺《さ》そうとした。が、彼は片手を揮《ふる》って、一打にその刀子を打ち落した。女はさらに剣《つるぎ》を抜いて、執念《しゅうね》く彼を襲って来た。しかし剣は一瞬の後、やはり鏘然《そうぜん》と床《ゆか》に落ちた。彼はその剣を拾い取ると、切先《きっさき》を歯に啣《くわ》え
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