かった。
 あの容貌の醜い若者は、ちょうどこの五六人の力競《ちからくらべ》の真最中へ来合せたのであった。

        三

 あの容貌の醜い若者は、両腕を胸に組んだまま、しばらくは力自慢の五六人が勝負を争うのを眺めていた。が、やがて技癢《ぎよう》に堪え兼ねたのか、自分も水だらけな袖をまくると、幅の広い肩を聳《そびや》かせて、まるで洞穴《ほらあな》を出る熊のように、のそのそとその連中の中へはいって行った。そうしてまだ誰も持ち上げない巌石の一つを抱くが早いか、何の苦もなくその岩を肩の上までさし上げて見せた。
 しかし大勢の若者たちは、依然として彼には冷淡であった。ただ、その中でもさっきから賞讃の声を浴びていた、背の低い猪首の若者だけは、容易ならない競争者が現れた事を知ったと見えて、さすがに妬《ねた》ましそうな流し眼をじろじろ彼の方へ注いでいた。その内に彼は担《かつ》いだ岩を肩の上で一揺《ひとゆす》り揺ってから、人のいない向うの砂の上へ勢いよくどうと投げ落した。するとあの猪首の若者はちょうど餌に饑《う》えた虎のように、猛然と身を躍らせながら、その巌石へ飛びかかったと思うと、咄嗟《とっさ
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