悪を感じ合った。殊に背《せい》の低い猪首《いくび》の若者は、露骨にその憎悪を示して憚《はばか》らなかった。彼の投げ捨てる巌石は、しばしば偶然とは解釈し難いほど、あの容貌の醜い若者の足もとに近く転げ落ちた。が、彼はそう云う危険に全然無頓着でいるらしかった。あるいは無頓着に見えるくらい、刻々近づいて来る勝敗に心を奪われているのかも知れなかった。
 彼は今も相手の投げた巌石を危く躱《かわ》しながら、とうとうしまいには勇を鼓《こ》して、これも水際《みぎわ》に横《よこた》わっている牛ほどの岩を引起しにかかった。岩は斜《ななめ》に流れを裂《さ》いて、淙々《そうそう》とたぎる春の水に千年《ちとせ》の苔《こけ》を洗わせていた。この大岩を擡《もた》げる事は、高天原《たかまがはら》第一の強力《ごうりき》と云われた手力雄命《たぢからおのみこと》でさえ、たやすく出来ようとは思われなかった。が、彼はそれを両手に抱くと、片膝砂へついたまま、渾身《こんしん》の力を揮《ふる》い起して、ともかくも岩の根を埋《うず》めた砂の中からは抱え上げた。
 この人間以上の膂力《りょりょく》は、周囲に佇《たたず》んだ若者たちから、ほ
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