醜い山鴉の恋を容《い》れてくれた。ありとあらゆる空の鳥は、愚《おろか》な彼を哂うのではなく、反《かえ》って仕合せな彼を羨《うらや》んだり妬《そね》んだりしているのであった。――そう彼は信じていた。少くともそう信ぜずにはいられないような気がしていた。
だから彼はその後《ご》また、あの牛飼の若者に遇《あ》った時も、ただ同じ答を聞きたいばかりに、
「あの勾玉《まがたま》は確かに渡してくれたのだろうな。」と、軽く念を押しただけであった。若者はやはり間の悪るそうな顔をしながら、
「ええ、確かに渡しました。しかし御返事の所は――」とか何とか、曖昧《あいまい》に言葉を濁していた。それでも彼は渡したと云う言葉に満足して、その上立ち入った事情なぞは尋ねようとも思わなかった。
すると三四日経ったある夜の事、彼が山へ寝鳥《ねどり》でも捕えに行こうと思って、月明りを幸《さいわい》、部落の往来を独りぶらぶら歩いていると、誰か笛を吹きすさびながら、薄い靄《もや》の下《お》りた中を、これも悠々と来かかるものがあった。野蛮《やばん》な彼は幼い時から、歌とか音楽とか云うものにはさらに興味を感じなかった。が、藪木《やぶき》の花の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《におい》のする春の月夜に包まれながら、だんだんこちらへやって来る笛の声に耳を傾けるのは、彼にとっても何となく、心憎い気のするものであった。
その内に彼とその男とは、顔を合せるばかりに近くなって来た。しかし相手は鼻の先へ来ても、相不変《あいかわらず》笛を吹き止めなかった。彼は路を譲りながら、天心に近い月を負って、相手の顔を透《す》かして見た。美しい顔、燦《きら》びやかな勾玉、それから口に当てた斑竹《はんちく》の笛――相手はあの背《せい》の高い、風流な若者に違いなかった。彼は勿論この若者が、彼の野性を軽蔑する敵の一人だと云うことを承知していた。そこで始は昂然と肩を挙げて、挨拶もせずに通り過ぎようとした。が、いよいよ二人がすれ違おうとした時、何かがもう一度彼の眼を若者の体へ惹《ひ》きつけた。と、相手の胸の上には、彼の母が遺物《かたみ》に残した、あの琅※[#「王へん+干」、第3水準1−87−83]《ろうかん》の勾玉《まがたま》が、曇りない月の光に濡れて、水々しく輝いていたではないか。
「待て。」
彼は咄嗟《とっさ》に腕を伸ばすと、
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