それじゃ砂金になっても、つまらないような気がしますが。」
「勿論つまらないものなのですよ。それ以上に考えるのは、考える方が間違っているのです。」
 思兼尊はこう云うと、実際つまらなそうな顔をしながら、どこかで摘んで来たらしい蕗《ふき》の薹《とう》の※[#「均のつくり」、第3水準1−14−75]《におい》を嗅《か》ぎ始めた。

        十二

 素戔嗚《すさのお》はしばらく黙っていた。するとまた思兼尊《おもいかねのみこと》が彼の非凡な腕力へ途切《とぎ》れた話頭を持って行った。
「いつぞや力競《ちからくら》べがあった時、あなたと岩を擡《もた》げ合って、死んだ男がいたじゃありませんか。」
「気の毒な事をしたものです。」
 素戔嗚は何となく、非難でもされたような心もちになって、思わず眼を薄日《うすび》がさした古沼《ふるぬま》の上へ漂《ただよ》わせた。古沼の水は底深そうに、まわりに芽《め》ぐんだ春の木々をひっそりと仄《ほの》明るく映していた。しかし思兼尊は無頓着に、時々蕗の薹へ鼻をやって、
「気の毒ですが、莫迦《ばか》げていますよ。第一|私《わたし》に云わせると、競争する事がすでによろしくない。第二に到底勝てそうもない競争をするのが論外です。第三に命まで捨てるに至っては、それこそ愚《ぐ》の骨頂《こっちょう》じゃありませんか。」
「しかし私《わたくし》は何となく気が咎《とが》めてならないのですが。」
「何、あれはあなたが殺したのじゃありません。力競べを面白がっていた、ほかの若者たちが殺したのです。」
「けれども私はあの連中に、反《かえ》って憎《にく》まれているようです。」
「それは勿論憎まれますよ。その代りもしあなたが死んで、あなたの相手が勝負に勝ったら、あの連中はきっとあなたの相手を憎んだのに違いないでしょう。」
「世の中はそう云うものでしょうか。」
 その時|尊《みこと》は返事をする代りに、「引いていますよ」と注意した。
 素戔嗚はすぐに糸を上げた。糸の先には山目《やまめ》が一尾《いちび》、溌溂《はつらつ》と銀のように躍《おど》っていた。
「魚は人間より幸福ですね。」
 尊は彼が竹の枝を山目の顎へ通すのを見ると、またにやにや笑いながら、彼にはほとんど通じない一種の理窟を並べ出した。
「人間が鉤《かぎ》を恐れている内に、魚は遠慮なく鉤を呑んで、楽々と一思いに死んでしま
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