》の鼻にも多少の憐憫《れんびん》を感じていたらしい。しかし伍長を怒《いか》らせないためにやはり僕に同意を表した。伍長も――伍長はしばらく考えた揚げ句、太い息を一つすると「子供のためもあるものだから」と、しぶしぶ僕等に従うことにした。
僕等四人はその翌日、容易に手代を縛り上げた。それから伍長は僕等の代理に、僕の剃刀《かみそり》を受け取るなり、無造作《むぞうさ》に彼の鼻を削《そ》ぎ落した。手代は勿論悪態をついたり、伍長の手へ噛《か》みついたり、悲鳴を挙げたりしたのに違いない。しかし鼻を削ぎ落した後《のち》、血止めの薬をつけてやった行商人や僕などには泣いて感謝したことも事実である。
賢明なる君はその後《ご》のこともおのずから推察出来るであろう。ダアワは爾来《じらい》貞淑《ていしゅく》に僕等四人を愛している。僕等も、――それは言わないでも好《い》い。現にきのうは伍長さえしみじみと僕にこう言っていた。――「今になって考えて見ると、ダアワの鼻を削ぎ落さなかったのは実際不幸中の幸福だったね。」
ちょうど今|午睡《ごすい》から覚めたダアワは僕を散歩につれ出そうとしている。では万里《ばんり》の海彼
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