ということはない。第一の夫はお父さんと呼ばれ、僕等三人は同じように皆|叔父《おじ》さんと呼ばれている。
 しかしダアワも女である。まだ一度も過ちを犯さなかったという訣《わけ》ではない。もう今では二年ばかり前、珊瑚珠《さんごじゅ》などを売る商人の手代《てだい》と僕等を欺《あざむ》いていたこともある。それを発見した第一の夫はダアワの耳へはいらないように僕等に善後策を相談した。すると一番|憤《いきどお》ったのは第二の夫の伍長である。彼は直ちに二人の鼻を削《そ》ぎ落してしまえと主張し出した。温厚なる君はこの言葉の残酷《ざんこく》を咎《とが》めるのに違いない。が、鼻を削《そ》ぎ落すのはチベットの私刑の一つである。(たとえば文明国の新聞攻撃のように。)第三の夫の仏画師は、ただいかにも当惑したように涙を流しているばかりだった。僕はその時三人の夫に手代の鼻を削ぎ落した後《のち》、ダアワの処置は悔恨《かいこん》の情のいかんに任《まか》せるという提議をした。勿論誰もダアワの鼻を削ぎ落してしまいたいと思うものはない。第一の夫の行商人《ぎょうしょうにん》はたちまち僕の説に賛成した。仏画師は不幸なる手代《てだい
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